「HITOTSU学と量子論の世界」全4回シリーズ 第2回

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HITOTSU学と量子論の世界、おかげさまで第2回目も無事に終了することができました。
相対性理論よりも理解が難しいともいわれる量子論の世界。それはまた、量子論の提示する世界観の問題が持つ意味の深さが伝わりにくいということでもあります。


そんな量子論の世界を消化するために、私たちが日常知らず知らずのうちに無意識で固く固定してしまっている認識のプレートを柔らかくすることの必要性から、今回の講座の内容に入って行きました。


人間が歩くのに土台となる地面があるように、認識にも土台になるプレートがあります。
今回は特に、私たちの日常の生活感覚とも言えるデカルト・ニュートン的な古典物理学の認識方式のポイントを明確に理解することから始まりました。
その上で、古典物理学の世界観を破ってしまう量子論の世界観の意味を共有する講座内容になりました。


私たちの日常感覚、古典物理学的な認識方式では、時間と空間のプレートが固定されていて、その中で多様な存在の変化・運動・移動を、主体と対象が分離独立した大前提のもとで分析、計算、測定、予測していきます。


モノ、存在があるのが当たり前で、その現象を認識の原因、出発で見る古典物理の世界。
物体の質量、位置、加速度、力などがわかれば、物体の位置変化が決定論的に導き出される古典物理の世界ですが、その理解方式自体が、人間の五感覚脳の認識条件の上で、人間の意識がとらえた部分現象を見ているだけの学問体系であることの指摘がNohさんからあ
りました。


また、人間の意識世界だけで通じる学問、部分だけを認識する脳のクセの中でとどまっている次元の学問では、本当に人間を幸せに案内し、人間の本質や生きることの本質に気づくことは不可能だからこそ、意識と無意識の両方を取り入れた認識方式を持つ学問が必要であることが語られました。


そして、人間の心、意識のプレートがベースといえる量子論の世界は、ちょうど古典物理の世界とHITOTSU学の世界の間で橋渡しをするような位置づけで見ることが出来ます。


量子論の世界では、主体と対象を分離独立固定で決定論的に見る古典物理の世界が崩れていきます。主体の観測行為が対象の状態を確率論的に決定してしまうという、従来の固定観念ではその重要性が認識されてこなかった、「観測する」という行為の持つ意味の深さを量子論は描き出しました。


波動と粒子の二面性、二重スリットの実験や波動関数の確率解釈、コペンハーゲン解釈といった量子論の基本的な概念の説明の後で、有名なシュレディンガーの猫の思考実験を題材にして、量子論でいう「観測」の意味と、そこからさらに踏み込んだHITOTSU学の「認識」の意味へと講座の内容が進んでいきました。


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人間の普通の意識では、波動は波動、粒子は粒子で分けて理解するのと同様に、生は生、死は死、という状態も当然どちらかで規定して認識しますが、次元上昇したHITOTSUのイメージから見たら、波動と粒子がHITOTSUであり、生と死もHITOTSUである世界はとてもシンプルに理解出来ます。


全く異質な次元、無意識の世界までをとりこんで現象を理解するHITOTSU学の観点から、人間の脳の認識の条件によって、人間の意識の決めつけ、認識の結果として現れるこの世界は、本当は意識と物質がHITOTSUであること、意識のレベルだけで出会うことが出来る世界では限界があること等がNohさんから語られました。


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そして最後に、意識の世界と無意識の世界を両方自由自在に包み込んで応用できる究極の心の世界は大和の世界につながるものであり、本当の自分探し、本当の人間探しから、21世紀の新しい人類の未来を開いていく日本のミッションが改めてNohさんから皆さんに伝えられました。


「観測」、「認識」というキーワードの重要性を中心にお伝えした今回の講座でしたが、次回、不確定性原理や光速を超える情報伝達の問題などをクローズアップしながら、HITOTSU学から見た量子論の世界をより深く皆さんと共有して行きたいと思います。


ご来場いただいた皆様、どうもありがとうございました。
次回講座もぜひ楽しみにお越しください。